習慣としてのお歳暮
=高齢者の習慣が消える時=
1990年ごろ、秋を過ぎた頃からテレビでは「お歳暮」や「暮れの挨拶」にギフトを送るコマーシャルで溢れていた。「サラダ油セット」や「ハム」など、多様な商品がお歳暮用にパッケージされ、デパートはギフトコーナーだけでなく全てのコーナーが歳末商戦で賑わいを見せており、筆者も子供ながらに冬の到来を感じていた記憶がうっすらある。
近年、お歳暮の市場は衰退の傾向にあり、矢野経済研究所の調査によると、2016年(平成28年)に9,835億円であったお歳暮市場は2021年(令和3年)は8,330億円に減少すると予想されており、この5年で約1,500億円ほどの消費縮小が見込まれている。この消費縮小の要因として、お歳暮を贈る人が減っていること、贈答品の単価が下がっていると考察されており、その実態を探るため各年代を対象に調査が行われている。2020年に主婦の友社が30代~40代の主婦を対象にした調査によると、30.7%の主婦がお中元お歳暮を送っているが、69.7%は送らないという結果が出ていた。では日本がバブル景気真っ只中であった1990年代はどうだったのかといえば、1990年に味の素ゼネラルフーズが主婦200人を対象にお歳暮の贈答有無を調査したところ、91.5%が送る予定と回答し、毎年送っていないとの回答は5.5%であった。調査対象群が完全に同じではないものの、1990年と2020年ではこの30年でお歳暮を贈る群が3分の1に低下しており、贈らない群は14倍に増加している。
1991年2月にバブルが崩壊し経済活動に大きな影響を及ぼした事や、2000年代に入りブロードバンドの整備やスマートフォンの急速な普及により、Eコマースの本格的な隆盛が訪れたことで、フィジカルでの購買活動が減少しだしたことも要因としてあげられるが、それにしても3分の1まで低下することは想像し難いことである。
お歳暮という贈答の風習の起源は中国にあり、旧暦の中元の日にお供えをするというものであった。その風習が日本に伝わり、祖先の霊を祀る時期のお供を親類に贈ることから始まったと言われている。江戸時代に入り、武士の社会では自身の師に対し贈り物をする習慣として根付き、また商人は取引や親交の感謝を意を表すために贈り物をしていたようである。武士の社会では上司に対し、商人の社会では親交の証として贈っていたことは、現在のお歳暮と同じ理由であると言える。近代では、企業間や職務上付き合いの人物への贈答が多いが、1990年後半から企業間では虚礼を廃止する動きが活発になり、「暮れになると会議室が贈答品で埋まった。」、「年末納会の旅行の際、ビンゴ大会の商品とする他社からのお歳暮を運搬するトラックがついてきた。」などは逸話となってしまうほど、企業間のお歳暮は減少したのである。
親交のない人物に対し贈り物をすることなどは皆無に等しく、親交はあるものの贈り物をするほどではないと判断する人も多いが、贈り物をするほど親交が深い人もいるのである。やはり、お歳暮を贈る行為は「親交の証」という意味合いが強い。
歳をとるにつれて、断交まではならずとも疎遠になるかたも増えてくるであろう。筆者は43歳であるが、前職では毎日のように飲み歩いていた同僚や、大学時代に体育会で同じスポーツに打ち込んでいた戦友達のことも、きっかけが無いと思い出すこともない。再開したいとの希望はあるものの、転居や携帯電話のキャリア変更に伴う電話番号変更により、連絡先が不明になることが多く、街中でばったり会うなどの奇跡を待つのみとなっている。
連絡先が不明になることは、携帯電話の登場により多く発生した問題である。1995年ごろからは携帯電話よりも基本料金や通話料が安いPHSが登場し、その当時の若者から中年まで誰もが所有しやすいポータブル電話として流行り始めた。一方で高い権利代金を支払い購入する固定電話が不要になり始め、一般家庭から徐々に姿を消し始めたのもこの頃である。固定電話の番号変更は転居が理由になること以外ではほぼ無い、そのため「電話番号が変わる」ことは非常に稀なケースであった。携帯電話はPHSは、通信会社の新規参入などでさまざまな営業努力がなされた結果、特色のある料金プランや端末が登場した。これにより、料金低減の目的や魅力のある機能を持つ端末を手に入れるべく、キャリアに乗り換えることが増加した。キャリア変更の度に携帯電話番号の変更が発生し、都度一斉に知らせるという手間が増えた。電話を手軽に持てることから、所有者も増え、知人の番号だけでも数百件に及ぶことも頻繁であった。しかし、当時は携帯電話のメモリー容量が少ないことから登録件数に上限があったため、機種を変更すると、「かけることのない番号の消去」を行う必要があった、友人知人に頻繁に連絡する者としない者によって篩にかけ、整理をする。ここに疎遠になる理由の一つがあった。
RARECREWが運営する通所介護を利用している高齢者の平均年齢は83歳、携帯電話が本格的に普及し始めた25年前は58歳、当時の定年および年金支給開始は満60歳であった。交友関係が一気に増え、遊びにも夢中な若者への利用を積極的に促すコマーシャルが横溢であったその時期、リタイア直前の中年層には、まだまだ固定電話で事足りる意識が充分であったと思われ、その世代への携帯電話の浸透は薄かった。しかし、時が経つにつれ携帯電話の必要性にかられて所有することになり、令和3年では高齢者の87%*NTTドコモモバイル研究所 が所有している。特殊詐欺の予防や安否確認の容易さなどの理由により、家族からの奨めやケアマネージャーからの奨めにより購入するケースが多く、固定電話にはない利便性を知り、電話のみならずLINEを代表とするSNSやインターネットの活用をする高齢者も多い。
携帯電話番号は実際にあった方と交換をするケースがほとんどである。仕事の速度を上げるため即時連絡可能にするために取引先の担当者と交換したり、友人関係になったので交換、携帯電話を所有し始めたので交換など、対面時や対面の後の交換している。高齢者といえども65歳以上と幅広い年代を指しているので、アクティブな生活を送っていたり、仕事をしていたり、リタイアし隠居生活を送る者それぞれである。介護サービスを利用している高齢者のほとんどは、日常生活に何らかの制約が強いられており、身体機能が低下しているケースが多いので、アクティブとは言い難い生活を送っている。外出の機会が減少しており、行きたいところに行きづらい、会いたい人に会えないとの声は、介護サービスを受けている高齢者から頻繁に聞かされる言葉である。フィジカルで会うことができないのである。
フィジカルで会うことができないようになった、携帯電話の普及の波に乗り遅れ、その上固定電話も減少している状況の中に生きる高齢者にとって、新たに所有した電話番号の交換の機会も失われているのでは無いだろうか。新型コロナウイルスの感染拡大により、全ての年齢層でコミュニケーションの質が変わっている。ハイリスク者と分類されている高齢者にとって尚の事「他人と会いづらい状況」になっている。そして、平均寿命を超えて生きる方々の周囲は、鬼籍に入られる方が徐々に増えてゆく。
疎遠になった、連絡が取れなくなってしまった、鬼籍に入られた。これらは友人知人が少なくなっている理由。直接会うことも困難、なおかつ連絡をとる手段すら無い状況でも、余程の深い親交がある、生涯にわたり感謝し続ける恩を貸してくれた相手であるなど、特別な人たちとの関係だけは継続されてゆく。しかし、何かの折に会うことがあった、昔はよく会っていたという程度の人間関係であれば、交流が希薄だと感じると共に、親交の証を贈ることもしなくなるであろう。
加齢による体力低下や介護状態での外出困難、そしてお迎えが近づく年代、フィジカルで会うことが障壁になり、人間関係も多様に変化する。携帯電話のメモリーに登録する知人友人関係先がだんだんと減少するのもこれらが理由の一つである。もちろんお歳暮など季節変わりの挨拶をする相手も減少する。
「親交の証」「暮れの挨拶」の意味を込めたお歳暮を贈る習慣は、新たに生み出されるガジェットや身体機能の理由でも萎んでゆくと感じた。